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「ミクロ生物学」、「マクロ生物学」とは何時頃から言われるようになったのか?


要約:何時頃からかはよくわからないけど、1970年代には既に使われていました


本文:
生物学の各分野を「ミクロ生物学」、「マクロ生物学」というくくりで分けることがある。ミクロ生物学とは、分子生物学や生化学など、比較的小さなものを対象とし、また、いわゆるティンバーゲンの4つのなぜのうち、至近要因の解明を目標とすることの多い学問分野である。一方で、マクロ生物学とは、進化学や分類学、生態学など、サイズ、時間軸において大きなものを対象とし、またティンバーゲンの4つのなぜのうち、究極要因の解明を目標とすることの多い学問分野である。この区分けはよく用いられていて、例えば、京大の理学研究科生物科学専攻の公式HPには、

http://www.biol.sci.kyoto-u.ac.jp/jpn/outline/
生物科学専攻では、京都大学の伝統である野外研究に重点をおいた個体レベル以上のマクロ的研究と、細胞の構造や機能、遺伝子の発現、発生、神経伝達、蛋白質の分子構造などを明らかにしようとする細胞レベル以下のミクロ的研究を統合し、地球上の多様な生物が織りなす様々な生命現象を対象とした教育と研究を推進しています。
…(中略)ミクロ生物学とマクロ生物学を統合した教育研究の拠点をさらに発展させ、『生物の多様性と進化』研究のブレークスルーとなる研究を創出するとともに、次世代の研究者を育成することをめざしています。


との記述がある。ほかにも大学の講義で「マクロ生物学」と題したものもちらほら見受けられるし、学術会議から出ている報告書にもこういった用語の記述が見える。私は、日本で生物学教育を受けた人ならば、この「ミクロ生物学」、「マクロ生物学」という言い方を耳にしたことがあるだろう、…と思っていたのだが、必ずしもそうではなさそうだというのを最近知った。例えば、岩波生物学辞典(第5版)にもこういった用語の記述はない。それで、この言葉はこれまで何気なしに使っていたが、いつごろから、どの界隈で使われるようになったのか、気になった。

Googleでミクロ生物学、マクロ生物学といった用語を検索すると、以下のページがヒットする(Googleでトップに来る)。以下、引用すると、

http://ikimonotuusin.com/doc/060.htm
「マクロ生物学」「ミクロ生物学」は私の造語です。この語の発想は経済学での「マクロ経済学」「ミクロ経済学」から来ていますが、定義の範囲が異なりますので注意してください。
「ミクロ生物学」とは、細胞レベルよりも小さいスケールでの生物学です。細胞の構造、遺伝子、DNAなどが含まれます。
「マクロ生物学」とは、生物個体とそれよりも大きなスケールでの生物学です。動物の生態、分類、行動、集団生活、生態系などが含まれます。


とある。この説明は一般的な生物学徒の使っている言葉の定義と合う。しかし、このページの著者はアマチュアの方で、生物学分野全体で使われる用語に影響を与えられるような方ではないように見受けられる。実際のところ、以下に記すように、このページの著者が自分の造語だと思っていたのは、ただの勘違いのようだ。(ちなみに私もタヌキの研究をしていた関係で、この著者の書いたタヌキに関する一般向け書籍を持っている。本記事にこの著者の方を貶める意図はない。が、一度公開された間違いはどこかで誰かが訂正しておかないといけないので記述しておく。)

さて、Google Booksでミクロ生物学、マクロ生物学といった用語で検索すると、かなり昔の書籍がヒットする。時系列で並べた古いもののなかに、上山春平&梅原猛(1972)『日本学事始』がある。書籍を入手して読んでみたところ、該当する箇所は第二部、上山春平「深層文化論の視点」だった。引用すると、

こうした考え方にしたがって生物の研究をやると、ひじょうに貧弱な結果しか出てこない。その点に生物物理学なんかの限界があると思うんです。わたしは、生物物理学とか分子生物学というのは、一種のミクロ生物学としての限界をみずからわきまえるべきだと思う。それは、地球をユニバースとして前提する生態学とか生物社会学といったマクロ生物学と相補的なものとしてとらえられる必要があるのではないか。
いまのところ、ミクロ生物学とマクロ生物学は、相互に、みずからの限界をわきまえた上での協力関係をつくるという方向よりは、むしろ、マクロ生物学の方法が未確立なままに、ミクロ生物学におしまくられている、といった印象がつよいのです。


とある。『日本学事始』の巻末の記述によると、この「深層文化論の視点」は小学館の雑誌『創造の世界』第7巻4-21に掲載された文章を書籍に載せたもののようだ(Google Booksの検索でもこの雑誌の文章は出てくるのだが、Google Booksの情報だけだと著者も不明だった)。この文章のなかで使われているミクロ生物学、マクロ生物学という用語は、現在と全く同じ意味で使われているようだ。上山春平は京大で哲学をしていた学者だが、ミクロ生物学やマクロ生物学といった区分けは、京大界隈でよく使われていた表現なのかもしれない。


 なお、このマクロ、ミクロといった考え方は、用語はともかく、英語圏でも使われる区分けのようだ。以下のサイト(キャリア教育みたいなサイト)では、「What is a biologist?」として

https://www.sokanu.com/careers/biologist/
There are many types of biologists but the two main subsections in the science are macroscopic and microscopic. Macroscopic biology involves objects that are measurable and visible by the naked eye. Microscopic biology on the other hand requires microscopes to view the objects being studied. Most biologists engage in both types of research at one point or another, so it might be more important to classify biologists by their topic of specialization.

と、マクロ生物学、ミクロ生物学という考え方と同様の考え方が根底にあるような言い方をしている。書籍だと、Google Booksで出てくる以下のMiriam Balaban & Sir Frank Macfarlane Burnet (1983)『Biological foundations and human nature』に

... the importance of macroscopic biology in its genetic, ecological, and evolutionary aspects with a modernized Darwinian theory as its guiding light.

といった記述があるようだ。


まとめると、「マクロ生物学」、「ミクロ生物学」という用語がいつごろから使われ出したかは明らかではないが、1970年代にはすでに用例がある用法ということは確かなようだ。

ネット上の検索から辿っただけなので、用語がいつから使われ出したかまでは正確に分からなかったが、せっかくなのでこの文章をupしておく。(この先時間をかけて調べる予定も特にないので…。)

なお、この件について何か詳細をご存知の方がいらっしゃいましたらご教授いただければ幸いです。


2017年12月21日記述

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